>>こんな趣味どぉ?

児童文学の名作「狼王ロボ」を読んで自己嫌悪に陥った話。

子どもの頃に読んだ物語をおとなになってから読み返してみると、改めて感動したり、子どもの頃にはわからなかった深い意味を発見できたり、ちょっと面白い読書体験ができます。

あえてそんな本を探して読んでみるのも楽しいかも。

そんなことを思ったのは、いつも通っている六本木ヒルズのライブラリー内を歩いていた際、棚に飾ってあったシートン動物記「狼王ロボ」の絵本版に目が留まったからなのです。

確かいたく感動したっけな。

そう思って読んでみたところ……。

あれれれれ???

孤高の狼王ロボ。動物愛の物語とはかけ離れた話だった。

あらすじ。

家畜を食い荒らすだけではなく、時には「遊び」のために羊やヤギたちを残酷に殺戮する狼たち。

その王として君臨しているのが、並外れた知力と強靭な肉体をもったロボだった。

獣害駆除に長けた猛者たちが様々な手を使ってロボとその仲間たちを倒そうとするが、まんまとその裏をかかれてしまう。

しかし、物語の語り部である「私」が、ロボが愛する雌狼ブランカを捕らえることに成功。

それをきっかけにロボを追い詰めていく……。

改めて読んでみた感想は?

まず、前半のロボたちの容赦なく家畜たちを殺戮していく描写に圧倒されました。

食物連鎖の法則に則って、生きるため、食べるために襲うだけならともかく、何千匹者家畜たちを襲い、殺し、でも肉を一切食べることのない狼たち。

ただただ残酷で、恐ろしいほど賢い。

でも、そこに戦いを挑む人間たちを応援したくなるかいうとなぜかそんな気持ちは一切わかず、人間たちの頭の悪さやおろかさを、狼たち目線でせせら笑ってしまうような気持になったのはちょっと不思議でした。

そして後半。

雌狼のブランカが仕留められる描写は、物語の中でも一段と残酷で、心臓が締め付けられるような苦しい気持ちに……。

そしてブランカを必死で探すあまり、冷静さを失って自らも囚われの身となってしまうロボ。

力、自由、愛する者、すべてを失ってしまったロボ。

抜け殻になってしまった孤高の狼の最期の姿は、残酷な猛獣であるにもかかわらず勇者の最期のようで、胸をうたれました。

記憶とはまったく違った物語だった。

それにしても、私が「こんな話だったよな」と記憶していた物語とあまりにも違っていてびっくり。

もっとロボと人間の友情みたいなものを描いた話だと、完全に記憶が塗り替えられていたのです。

気になって調べてみたら、どうやらシートンではなく、ジャック・ロンドンの「白牙」と「野生の呼び声」の話が完全にごちゃごちゃになっていた模様。

「白牙」は、狼犬と狼の子どもとして育った白牙が、人の優しさに触れて家族の一員となる物語。

逆に「野生の呼び声」は、飼い犬が狼の群れへと戻っていく物語。

このふたつの話、好きだったなぁ。

好きだったのに、なぜ記憶がごっちゃになっているのか……。

子どもの頃に読んだ名作を改めて読んでみるのも良い趣味。

そんなわけで、子どもの頃のお気に入りの物語だと思っていたのに、まったく違う話として記憶していたことにヒドくショックを受けてしまった私。

そんなことはさて置いたとしても、児童文学にはおとなが読んでも感動できるような名作がたくさんあるので、改めてもう一度読み直してみようかと思ったのでした。

それにしても私の記憶力。ひどい。ひどすぎる……。(自己嫌悪)

ライブラリーに置いてあったのは、2015年に発売された比較的新しい絵本でした。

絵や写真に刺繍を施すという独特の世界観で人気のアーティスト・清川あさみさんの絵本シリーズの1冊で、凛とした狼たちの姿がとても美しく、物語の哀しさと美しさを一層引き立てています。

また、ついつい元書籍編集者として装丁やデザインも見てしまうクセがあるのですが、文字の配列がちょっと独特で面白いのも注目ポイント。

 

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