転職したい?

会社員人生の中でダントツ一番辛かったこと。クビ(解雇)宣告された話Part2。

4回の転職を経て、50代、55歳で早期退職した私。

その33年強の会社員生活の中でダントツ辛かったとある経験についてのPart2です。

是非Part1を読んでからこの記事をどうぞ。

会社員人生の中でダントツ一番辛かったこと。クビ(解雇)宣告された話Part1。4回の転職を経て、50代、55歳で早期退職した私。 今回はその33年強の会社員生活の中でダントツ辛かったとある経験について書いてみ...

 

会社をクビ宣告されたことが憧れの会社への入社に繋がった。

業界誌から紹介されたA社へ。

業界誌から紹介されたA社とは、社長のB氏が一代で誰もがその名を知るまでに成長させた会社。

ちょうど全国規模のまったく新しいサービスを立ち上げようとしていたこともあって、B氏はベンチャー界の寵児としてあちこちのメディアから引っ張りだこ状態となっていました。

指定された日時にA社の受付を訪ねたところ、受付周りは何やら楽しそうな物たちで装飾され、見るからに今どきな会社、楽しそうな会社という雰囲気。

そして案内してくれた社長秘書のアシスタントと名乗った女性も、Tシャツ姿でとてもラフな感じ。すごく好感触。

いやいや騙されちゃいけない。

入社するつもりなんてないんだから。

仕事なんて二度とがんばるつもりないし。

……と改めて自分の思いを確認しつつ、社長の所へ連れていかれました。

面接での自分の返答にびっくり。

てっきり豪華な社長室でもあるのかと思いきや、社長がいるのは会議室。

後でわかったのですが、B社長は社長室にこもるのが嫌いで、いつも会議室にいる人だったのです。

そしていきなり、「まずは社内を案内してあげるよ」と。

へ???面接じゃないの???

いきなりフイをつかれた感じであちこち案内されたのですが、とにかくB社長の話が面白い!

さすが時代の寵児。

ひととおり案内が終わった頃には、すっかりB社長の話に吸い込まれてしまっていたのです。

そして席に戻るなり、

「どう?来る気になった?当社には広報担当がいないのでキミに是非やってもらいたいんだよね。」

と。

実は紹介してくれた人を通して、会社をクビになったこと、そのため今はどんな会社であろうと入社することは考えていないということを事前に伝えてもらっていたのでした。

ビックリした私は、

「ええええ、えっと……。お聞きになってますよね?いろいろあったので大変失礼ながら入社するつもりが無いままここに来たんです。でも、すごく面白そうだとは思いました」

と答えてしまっていたのです。

「そりゃよかった。で、いつから来れる?」

「ええええ、えっと……。では〇日からではいかがでしょうか」

う、う、う、嘘!!!

あんなにもう2度と仕事はがんばらない、会社勤めなんてしないって決めていのたに、入社するって言っちゃったよ!!

自分で自分の返答に驚いた頃には、A社に広報担当として入社することが決まっていたのでした。

後日それとなく聞いたら、B社長は私に入社する気持ちがあまり無いことを知って、逆に面白いからなんとか入社させようと闘志を燃やしていたらしいのです。

やられたよ。まったく。

入社して怒涛の5年間を過ごした。

入社してからの5年間は、それはそれは大変でした。

全国規模のサービス開始、そして失敗・撤退、新たなサービスの開始、株式上場、新聞ネタにもなった事故……などなど、私が在籍していた5年間だけでも本当にいろいろなことがありました。

早朝から深夜まで、土日祝日も無いような日々が続いたことも。

B社長はとても魅力的な人でしたが、さすが一代で巨大企業にまで成長させただけあって仕事第一主義だし、すごくすごく厳しかったので、ついていくのがやっとなくらいでした。

広報部門の立ち上げから、次々と来るB社長への取材依頼対応、そのほかの様々な取材対応まで、あらゆる広報関連のことを最初の1年弱はすべてひとりでこなさねばならなかったので(徐々に増員はされた)、本当に死ぬかと思うくらい大変な思いをしました。

でも、それだけいろいろなことがあったので、広報の仕事に関してはちょっとやそっとのことでは動じなくくらいの対処術も身につけることができたのでした。

5年後、憧れの会社に転職。

あまりにも大変で心身共にそろそろ限界かも……と思っていた頃、かねてから憧れていたラジオ局の広報経験者採用の募集記事を目にしてダメもとで応募。

38歳での転職は無理かと思っていたのですが、A社での広報経験が強みとなって幸運にも合格!

その後17年以上に渡り、大好きなラジオの仕事をさせていただくことになったのでした。

クビ宣告がなかったら憧れの仕事はできていなかった。

ラジオ局に入社できたのはA社での広報経験があったから。

A社に入社できたのはクビ宣告を受けたから。

そう考えると、あの辛かった経験がその後のすべてに繋がっていたんですよね。

どんなに辛いことでも自分の糧になる。

そうポジティブに考えられるようになったのも、あのクビになった経験のおかげなのだと思います。

人との繋がりはとても大切。

もうひとつ、この経験が教えてくれたこと、

それは人との繋がりはとても大切だということ。

クビになった会社を紹介してくれた友人、A社を紹介してくれた業界誌の人たちがいなかったら、私の仕事人生はまったく違う方向に進んでいたわけですからね。

特に業界誌の人たち、そしてもう一度がんばって仕事をしてみようという気にさせてくれたB社長は私にとっての恩人たちだと思っています。

ある意味クビにしてくれたちょっと意地悪な外国人支社長のおかげでもあるので、出会って損する人なんて、きっといないんだと思います。

 

以上、

私の仕事人生史上最低最悪に辛かった出来事が自分を幸運な道へと誘ってくれた。

たくさんの人たちに助けてもらった。

という話でした。

ご清読まことにありがとうございました。

……と、体験談は終わりましたが補足的に後日以下の記事も書きました。

クビ宣告の辛い体験からPTG(トラウマ後成長)体験へ。4回の転職経験がある私。 前々々回と前々回の記事で、会社をクビ(雇止め)になった経験もあるということについて詳しく書きました。 ...

 

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